真夜中のコンビニだった。
冬の風は冷たくて、窓ガラスに当たる度に冷えた悲鳴をあげる。
そんな光景を、半ば他人事のように横目で見ていた。

「余所見をするな」

ふと、目線を前に戻すと、ゴツい男の顔があった。
いかにも「昔柔道部でした!!でも今彼女居ないんスよー、こんなに正義感溢れる男他には居ないと思うのになーあ」
という風貌だった。
だなんて、なんとなく頭の中で考えていると、思わず噴出してしまいそうになった。
口元が軽くニヤけて、思わずうつむいた。

「なんだ」

男の低い声が聞こえた。

「何を笑っているんだ!!!」

男はバンッと平手で、机を思いっきりぶっ叩いた。
その勢いでひっくり返りそうになるのを堪えて、男を睨みつけた。

真夜中のコンビニには人はあまり居なかったが、何人か居た客たちはこちらを見てヒソヒソと話していた。
屈辱。
劣等感??
よく分からない今の感情に当てはまる言葉が思いつかなかった。

目の前の男は、あたしのバックを片手でゴソゴソと漁った。
そして、バックの内ポケットから更に、商品を探り出した。
「ほうら、こんなところにもあった」と言わんばかりの勝ち誇った顔でこちらを見ていた。

「合計金額1260円、ほら、出せば警察沙汰にならずに済むんだから。なぁ、お嬢ちゃん、そうすれば家に帰れるんだから。さっさと出

しなさい」

「ないです」

あたしは口を開いた。
自分でもビックリするくらい反抗的で低い声だった。

「お金とか、持ってない」

そう言うと、男の顔は更に歪んだ。
今にも掴みかかって殴り飛ばされそうな勢いだった。
でもいっそ、殴り倒された方が楽だろうな。
そうしたら大声で泣き叫んで、警察どうこう言われる間に走って逃げるのに。

あたしは深くため息をついた。
 
真夜中のコンビニで、あたしは―――万引きをしようとした。
以前のあたしだったら、万引きだなんて反社会的な行為を犯罪だとしっかり認識していたし
一生関わることもやることもないだろうと思っていた。
だが、今は状況が違かった。

あたしは、家出をしてきたのだ。
突発的ではなかったが、それはもう前々から入念な計画を立てての家出だった。
目的は「親との喧嘩」だなんて甘っちょろいものじゃなかった。
行き先はとりあえず北の方。
人気のないような海辺を目指していた。
必要最低限だけの荷物を持って、その目的な場所い行くだけ必要なお金を持って、静かに家を出た。
自宅から電車で2駅行ったところで、お腹が空いて、駅前の立ち食いソバ屋でお腹を満たした。
やはり、全てを捨てる覚悟でも、お腹は減るものだ。
背に腹は変えられなかったのだ。

ご飯代はどう考ええも節約したかった。
電車賃だけは誤魔化せないので、そうなると頑張らないといけないのは食費だ。
と、いうことで万引き実行に至ったのだ。

だが、やはり防犯カメラというのはしっかり見ているもので・・・。
念入りに見えないように頑張ったのだが、店を出る際に男に右腕を掴まれて「ちょっとよろしいですか?」のひと言。
そしてその男のとびっきりキモイ顔でのお説教のオマケつきだった。
 
正直ウンザリだった。
こんな男の長い説教を聞くのも、
警察に引き渡されて、親に泣かれて、家出計画がパーになるのも。
全てウンザリだった。

もう少し、数分前のあたしが常識的な脳みそを持ち合わせていたのなら、
町ハズレの寂れた、ヨボヨボの婆のやっている駄菓子屋から菓子パンを盗んだ方が利口なことに気付いただろう。
ああ、もう。数分前のあたしの馬鹿。
今更嘆いたってしょうがないのだけれど、何かを理由づけて怨まないとやっていけないのが世の中なのだ。

「全く、しょうがないな」

先ほどまで、血管を滲ませて憤怒を表していた男の顔が急に呆れ顔になった。
その後に続くセリフが「未成年だから今日のところは返すけど、二度とこんなことするんじゃないぞ」と続くのを祈った。
が、願いに反して男はぶ厚い唇で酷なセリフを発した。

「詳しいことは親御さんと一緒に聞こう、電話番号を言いなさい。必要があれば警察にも連絡するからな」


ちょっとこれはマズいんじゃないでしょうか??


ギュウと手を握ると、汗が滴り落ちてきた。
ヤバイ。
あたし、焦ってる?

「ほら、早く、言いなさい。電話番号」

男の後ろでは、クルクルのフザけた頭をした若い女の店員が受話器を持って、こちらに視線を向けていた。
あたしは、どうしようもなく動揺していた。
家の電話番号、なんだったっけ。
それより他に、電話したって出てくれるのかなぁ、あの女は??
万引きどうこうよりも、あたしが家出したことにさえ気付いてないんじゃないのかな?
それなのに、万引きして「迎えに来てください」って電話したときに発覚する家出じゃぁ、あまりにも間抜けすぎる。

ふと、あの女――母親のあの表情が脳裏をよぎった。
涙でグチャグチャになった顔で、あたしを見上げていた。
1年ほど前から精神病院に通っていた。
彼女は――母は、疲れていたのだ。
あたしに。
ううん。母じゃない。一番疲れてたのはあたしなんだよ。
本当に一番辛かったのはあたしだったんだよ。
なのにあの女は―――虚ろな瞳であたしに言ったんだ。


”もう、お母さん疲れちゃった。あんたなんて、女の子なんて産むんじゃなかった”



違うよ―――あたしだって、
生まれてこなきゃよかったよ
 
 
 



今更何を考えても遅いけど、今の気分じゃ頭下げて謝る気にもなれなかった。
とりあえず嘘をつくことにした。
バレるかバレないか微妙なところの嘘を。

「家、誰も居ないんです。親は今入院しているので」
「入院??」

母は通院しているが入院はしていない。
賭けに近かったが、今のところ掴みは悪くない。

「どこの病院??」
「斉藤精神病院です」

そう言うと、男はあからさまに「地雷を踏んでしまった!!」というような顔をした。
どうして人は、精神異常者に関わるとこうも、バツの悪い顔をするのだろうか。
入院こそしていないものの、あの女――母が精神異常なのは紛れもない事実だ。

男は右手でポリポリと後頭部をかいてから、首を傾けて困った顔をしていた。
それから、あたしの顔をジっと見た。
ちょっと、あたしは普通だってば。

「じゃぁ学校は・・・?」
「・・・・え」

不意に言われて、ウッカリ懐にパンチを喰らった気分になった。
親にバレるだけなら振り切って逃げ切れるものの、学校だなんて知られたらたまったもんじゃない。
万引きと、運が悪けりゃ家出もパーになること確実だった。
 
なんとか必死に言い訳を考えた。
だが、人間、焦ると言い訳なんてすぐに思いつけない。
ドラマや映画で、浮気していた旦那が言い訳に詰るあのシーン。
ふうむ、あれは随分リアルなんだな、なんてウッカリ考えていた。

「学校は・・・」

そう口走って男の顔色を窺った。
男はこちらを見下ろしていた。
何か言い訳を考えてみたものの、ボーっとする頭では何も出てこなかった。
しばらく沈黙が続いたが、男はついに我慢できなくなったのか、
ため息をついて沈黙を破った。

「しょうがないね、じゃぁ警察に通報するしかないね」

男は真顔でそう言い、振り返って女に頷いて合図をした。
女は哀れな表情をこちらに向け、いかにも「可哀想だけどしょうがないのよ」といった言い訳のような顔で番号をプッシュしようとしてい

た。
思わず、あたしは「待って」と叫びたくなったが、成す術もなくただ黙ってその様子を見ていた。
 

「すいません、もしもし。―――区のコンビニエンスストアの者ですが、万引きしようとした学生がいまして、はい。そうなんですよ。子供

です、女です」

女は電話口に向かって、頷きながら喋っていた。
男はその間、黙ってこちらを見ていた。
あたしはというと、ただ俯いていることしかできなかった。

無力なあたし。
ちっぽけなあたし。
ただただ悲観するしかないその状況は、もう言い訳しようもなかった。


「おい、美和子!!何やってんだよ、美和子」

不意に後方から声がした。
男はその声に気をとられて、そちらを見たが、あたしは振り向く気にもなれなかった。
まったく、人がこんな状況のときに、美和子は何をやってるんだよ。
と、知りもしない”美和子”を少し怨んだ。

だがその声がどんどん近づいてきて、ポンとあたしの肩に手らしくものが乗っかった。
その衝撃で思わず振り返ると、そこには困り顔の少年が居た。
あたしと然程変わらないような年齢の少年は少し笑顔になった。

「まったく、おい、美和子。何やってんだよ、急に居なくなるから心配したんだぜー」

美和子??
その少年は明らかにあたしに、そう言っていた。
でも、あたしの記憶が正しければ、あたしは”美和子”なんかじゃない。

人違い?

「知り合いなのか?」

目の前の男は驚いた顔で、後ろの少年をチラチラと見ながら、こちらに問いかけた。
あたしはどうすることもできず、少年をジっと見た。
すると少年はペコリと頭を下げて、店員に困った笑みを向けた。

「妹なんですけど、急に家を飛び出しちゃって」
「・・・・え」

思わず声が出てしまった。
誰?妹?
あたしが??
少年はあたしの肩をギュウと掴んだまま放さなかった。

しばらく、男と、あたしの兄だと話す見ず知らずの少年が話しをしていた。
その”自称兄”の話しによると、あたしは寂しさのあまりに最近精神的に参ってしまっているらしく、
突発的に家を飛び出していったということだった。

ふむ、まったくの初耳だこと。

「―――・・そうなのか」
「はい、美和子――いや、こいつも結構色々あって、何かよく分からないまま万引きなんてしちゃっただけだと思うんです。本当にすい

ません。ほら、美和子も。ごめんなさい、は?」

少年はあたしの後頭部に手をやって、無理矢理前方に押し込めた。
しぶしぶあたしは、「ごめんなさい」と呟いた。

まったく意味が分からない。
なんでこんな見ず知らずの少年に「ごめんなさい、は?」だなんて言われなきゃならないんだ。
あたしはそんなに子供でも、あんたの妹でもない。

「本当にすいませんでした」

少年はもう一度、ペコリと頭を下げるとあたしの手を掴んで店の外へと出て行った。
それに引っ張られて、あたしは足を無理矢理ジタバタさせながら外へと連れ出されてしまった。


店を数歩出たところで、少年は突然走り出した。
それにつられて、あたしも走ることになった。

履きなれたスニーカーがキュウキュウと音をたてた。
よかった、ブーツで来なくて・・・。
そうボンヤリ考えながら、ただひたすら無言で引っ張られながら走った。
少年の後姿は、何故かとてもキレイだった。

どれくら走っただろう。
少年は急に足を止めて、近くの児童公園の中へあたしを連れ込んだ。
一瞬何をされるのか警戒したのだが、少年はゼエゼエと息をしながらゾウの滑り台の階段のところへへたれてもたれ掛かった。
少年は息を整えながら、肩にかかっていた鞄を下した。
あたしは、何故かとんでもなく場違いなようなそんな気がしたが、声が出せるような状態ではなかったのでその場に座り込んだ。

しばらく意味もない沈黙が続いたが、息が整ったところで声を掛けた。

「あの」

静かな公園に、あたしの声はよく響いた。
誰も人が居ないことを見渡して確認すると、もう一度「あの」と呟いた。

「あたし万引きしようとしたのに――えっと、助けてくれた??んですよね・・・っていうか、なんていうか。美和子とか・・・。えーっと」

何から言えばいいのか分からなくて、不器用な日本語になってしまった。
すると、少年はむくりと起き上がって、いかにも「暑い」といった様子で額を拭った。

少年はこっちをジっと見ていた。
あたしも思わず黙って、少年の顔を改めて見た。

キレイな顔だった。
恐らく、同じクラスに居たら好きになっていただろう、少年の風貌は、魅力的だった。
背が高く、体型も普通で、髪は少し長めだった。
目がパッチリとしているのが特徴的だったが、なんとなく目つきは悪かった。
でも柄が悪いようには見えないのは、その雰囲気なのだろうが。

「駄目だよ」

少年が言った。
低いような高いような、普通な、そんな声だった。

「女の子がこんな遅い時間に、一人でブラブラしてちゃぁ。危ないよ。変なオジサンとかいっぱいいるから」
「・・・」

頷く気にもなれなかった。
少年は、何やら上着の中をゴソゴソと手探っていた。
そして、中からいくつかの袋を取り出して、階段のところに並べた。
それは、先ほどのコンビニの菓子パンだった。

「・・・それ」

あたしが声を発すると、少年はひとつの袋を手にヒョイと持ち上げ「これ?」と笑った。
そしてヒョイっとこちらにその菓子パンを投げたのだった。

「それ餞別。食べていーよ。君のおかげで上手くやれたんだから。お礼だよ」
「お礼って・・・、」

そして、ふと分かったのだ。
彼は、あたしが万引きをして店員に説教をくらっている間に、万引きをしてのけたのだ。
まったく、呆れる。
 

しょうがないので、ビリっと菓子パンの封を切って、中からメロンパンを取り出してかぶり付いた。
自分でもその食欲に驚いた。

「何?家出??」
「・・・・・まぁ・・・、」

少年も何やらパンらしきものを咥えながら口をもひもひさせて、こちらを見ていた。
―――ハムスターみたい。
少年はようやく一口飲み込んだのか、軽く咳き込んでから髪をかきあげた。

「なんなら言っとくけど、家でなんだったら、一応親とかに言っといた方がいいよ。自分は別に大丈夫だから。警察とかに捜索願出しや

がったら二度と帰らねぇ・・・ってさ」
「・・・別に」

”あなたには関係ないじゃない”
そう言おうと思ったが辞めた。
これでも一応恩人には恩人だ。
少年は妙に慣れた口ぶりで話していた。
もしかしたら、今、家出中なのかもしれない、と思った。

「あたし、別に家なんかに居ない方がいいのよ。どうせ帰ったって、母親が泣くだけなんだから」
「喧嘩?」
「全然、なんであんな女と喧嘩しなきゃなんないのよ、別に――そんなんで家出なんかしない」

そこまで言って、ふと”なんでこんな見ず知らずの男に話しているのだろう”という疑問が浮かんだ。
話したからと言って、何も変わらないじゃないか。
あたしは・・・、もう、自分の決心を変えようだなんて思っていないのだ。

あたしは――冬の冷たい海の底に沈もうと思っているのだから。
 


要するに、自殺願望者なのだ、あたしは。
誰にも止められずに、誰にも構わずに、誰にも迷惑かけずに死んでしまいたいと思ったのだ。
心配なんてされたくない。
行方不明者で、ああ、もしかしたら死んだのかな?とかその程度でよかった。

電車に轢かれるためにホームに飛び込むんじゃぁ、みんなに迷惑がかかる。
首吊りなんて、顔がキモくなるらしいじゃないか。
手首を切ったら、痛いだけ。
だから、二度と浮いてこないように錘を抱いて海へ飛び込むのだ。
冷たくて感覚のないままボンヤリと冬のキレイな海を見ながら死ぬ。
それが、一番理想の死に様だろうと、思ったのだ。

幸か不幸か、近くに海はなかった。
そればかりか立ち入り禁止ときた。
だから、どこか知らない地の知らない海に沈みたいと思ったのだ。

だから、あたしは家出した。
それだけなのだ。


「あなたは?」

少年に尋ねると、彼はしばらく口をもごもごとさせていたが、ゴクンと喉を鳴らして、こちらを見た。

「俺は家出じゃないよ。ちょっと旅行。前に住んでたとこに行くんだ」
「前に?」

聞くところ、少年は昔住んでいた地に行くとのことで詳しい地名を言われたがよく知らなかった。
それから、ふと彼は「ああ」と声を上げた。

「でも、親には言わずに出てきたから―――家出ってことになるのかなぁ?」

そう言って、ハハっと軽く笑った。
笑った顔がとても、人懐っこそうで可愛かった。

少年は「よっ」と声を上げて立ち上がって、腰に手をやった。
気だるそうな欠伸をすると、こちらを見下ろした。

「俺行くから」
「え、・・・あぁ」

よく分からずに頷いた。
何故か心細い感じがしたのだ。
これから夜の街を一人で歩くことに、何かしらの恐怖を感じた。

「大丈夫??行くとことか」
「行くとこ・・・?」
「行くとこってか、泊まるところとか・・・」

そう言われてふと思った。
そういえば、もう終電出ちゃったのだろうなぁ、とボンヤリ思った。
今から泊まれるところなんて見つかるのだろうか?
金もあまりなかった。
そう、あまりにも家出には無謀すぎたのだ。
いくら、もう将来ない身だとしても、その場までは生きてなければならない。
あまりにも無謀だったのだ。

しばらく黙っていると、少年の方から「そっか」と呟いた。
それから少年は先ほどの、走っていたときと同じように、あたしの手をギュウと握った。

「じゃぁ、駅のホーム、寒いけどさ。毛布置いてあるし。電車来るまで待ってよう」
「・・・・・・うん」

見ず知らずの少年だったが、突然の提案には妙に嬉しいものを感じた。
あたしも、ヘヘと俯きながら笑うと、少年もフフと笑った。
それだけで十分だった。
たった数分前に出会っただけなのに。
何かしらの友情のような物が芽生えていた、とあたしは感じた。

「ねえ」

手を握ったまま訊いた。
少年の手はとても暖かかった。

「名前、訊いてもいい??」

そう微笑むと、少年は何か少し照れたような笑みで答えた。


「大輔」

それが少年の名だった。
 




公園から駅までは、歩いて数分ほどだった。
その間、あたしと大輔は冷えた手を繋ぎながら歩いた。

「君は?」
「え?」
「名前、なーまーえ」

大輔がそう言ったので、あたしはボンヤリ考えた。
―――名前かぁ、なんだったっけなぁ。
何か、本名を言うのが嘘くさいような気がして、どうしようか悩んだ。

「いいよ、美和子で」
「だーめ、本当の名前」

大輔が悪戯な笑みでそう言うもんだから、あたしは真剣に考えた。
ふと、頭に出てきた名前。
そう、さっきコンビニで雑誌読んでたら、出てきた名前。
月9のヒロインのコの役名だったっけ。

「―――舞子」

なんとなく、あたしとは不釣合いだったけど、綺麗な名前だと思った。
でも、大輔はニコっと笑って「いい名前じゃん」と言った。
うン、ごめんね―――本当の名前は、忘れちゃったんだ。


「何歳?」
「16」

確か―――そう言おうとしてやめた。
うン、そういえば16だ。

「じゃぁ俺のが年上だなぁ、今年17だから」
「あ、ううン、あたし早生まれだから。今年17」
「じゃぁ同い年?高2かぁ」

大輔は「ふぅん」と鼻にかかる声で返事をした。
暗い夜道にポツリポツリと灯る街灯が、寂れた感じを醸し出していた。
繋いだ手をゆらゆらと揺らしながら、街灯の明かりに照らされて、影が揺れていた。
その情景を横目で見ながら歩いた。
 


駅は小さくて、かろうじて屋根があるような感じだった。
それでも、個室のようになっていて、毛布が雑然と置かれてあったので適当に拾い上げて体にかけた。
普段ならば「汚い」と言って嫌がっただろうが、今はともなく寒かった。

「寒い?平気??」
「うん」

毛布を首のところまで掛けなおして軽く呼吸をした。
誰が使ったのか分からない毛布は、ヤニ臭くてたまらなかったが、とりあえず我慢した。
大輔は鞄を足元に置いて、毛布を足に掛けて、時刻表のようなものを見ていた。

「舞子はどこまで行くわけ?」

不意に、誰か他人を呼んでいるような気分になったが、舞子、と先ほど名乗ったばかりじゃないか。
まだ慣れないその名に、必死で頷いた。

「えっと、あたしは――どこだろうね、えーっとねぇ」

何か分からずにうやむやと言葉を発した。
それから、覚束ない声で「上の方」とだけ言った。
大輔は「ふーん」と頷きながら、パラパラとページをめくった。

「俺ねえ、宮城まで行くんだよ」
「宮城?仙台??」
「うん、近く」

それから、何かの市の名前を言われたが知らなかった。
とりあえず「ふーん」と言って、頷いておいた。

「そこね、すぐ近くにさぁ、海があって。キレイだよ、冬の海って」
「・・・えっ、え、う、海??!」

思わずガバッと起き上がって叫んだ。
すると、大輔は驚いた顔で「うん、海」と言った。

酷く寒いだろう、海。
何か運命のようなものを感じた。
そこが―――あたしの死に場所のような気がしたのだ。


「あっ、あたしも行く―――、あたしも一緒にそこに行く!!」

思わず叫んで、大輔に飛びつくと、大輔はうんうん、と首を縦に振っていた。
それも酷く驚いた顔だったが、確かに笑っていた。
 

その日は特に何も喋らずに、ただ手を繋いだまんま目を閉じていた。
本当のところは、大輔は寝ていたのかもしれない。
けれど、あたしは眠ることはなかった。

死への恐怖なのか。
それとも死という平和への興奮なのか。

本当のところ、自分が今何故ここに居るのか分からなくなるときがある。
自分の存在理由が分からない―――いつからだろう?
あたしが――あたしである理由が見つからなかったのに気付いたのは。

でもそれももう多分、明日で終わりなのだ。
何も悩まなくていい。
何一つ―――もう、苦しまなくていいんだ。
あたしは楽になれる。

そう分かっていたとしても、あたしに幸福の天使は訪れなかった。
ドキドキとした緊張感と疲労感が襲ってきて、眠れはしなかった。
あたしは多分、死ぬまで本当に安心なんてできないのだろう。
きっと冷たい海の中で、意識がなくなるまで―――あたしの記憶はなくならない。


全ては二年前からだった。
二年前の寒い冬の日だった、その日にあたしの人生は180度狂ってしまったのだ。

父は平凡で至って普通なサラリーマンだった。
ある日「疲れた」などと口走って、家を出て行った。
元から父と母は不仲だったので、それを受け入れることは容易だった。
 

けれど、母親は酒に溺れた。
母子、手に手を取って新しい人生を歩もうだなんて、しなかった。

母親は空の酒の瓶であたしを殴った。
そのときの痣が今でも右腕にくっきり残っている。
母親は虚ろな目で言ったのだ。

”あんたなんか産まなきゃよかったよ”

どうして―――あたしばっかりが不幸な目に遭わなければならないんだ??

家庭ばかりか、あたしは学校生活でも絶望的な状況だった。
イジメだなんてレベルではなかった。
生徒ばかりか、先生までもがあたしのことを軽蔑の目で見た。
ある日、あたしの机の上に花が飾られていて、それを見てクラス中が大笑いをしていたとき
流石に耐え切れず、あたしはその場で泣き崩れた。
助けてくれる人なんて誰一人居なかった。
声を掛けてくれる人なんて、誰一人居なかった。

あたしは―――一人ぼっちだった。


「眠れない??」

大輔の声がした。
その優しい声は、何故か心地よかった。

「ううん、大丈夫」

寒かったんで、毛布を体に掛けなおして体の力を抜いた。
安らぐような感じはしたが、眠れはしなかった。

でも大丈夫、きっと―――あたしは、すぐに死ねるから。
もう、苦しまないでいいんだよ。
 





次の日の朝、始発の鈍行電車に乗って、あたしと大輔は宮城の地を目指して進んだ。
流れ行く見覚えのある景色はどこか、懐かしかった。
でも、もうこの景色ともお別れだなぁ。
そう考えると、涙が出そうな――そんな気分になった。

電車の中で、大輔は陽気だった。
歌を歌ってみせたりだとか、テレビの話しやスポーツの話しで盛り上がった。
ここが非現実的な世界であるかのように、大輔そのものが虚像であるかのように、大輔は優しかった。

「―――でな、そこで岸野が決めたんだよ!!したら、もう逆転だろ?最高でさぁ」
「あー、そこ見た見た!!負けるかと思ってたから、びっくり」

久しぶりに笑った気がした。
会ってからまで何時間しか話していないのに、なんでこんなに喋ってるんだろうか、あたしは。
まぁ、いいか。
どうせ、もうすぐ死ぬのだ。
冥土の土産に、少しくらい男と話したって罰は当たらない。

電車の中で、海を照らす朝日が見えた。
眩しくて、思わず顔を覆いたくなったがそのまま我慢して海を眺めた。
とてもキレイでキラキラした海は、あたしの理想だった。
あたしは――あんな綺麗な場所で死ねるだろうか??
できることなら、深いところがいいな。
あんまり浅いと汚いし、すぐに死体が見つかっちゃう。
できることなら、水死は体が膨れちゃうから人目を避けたいし。
 
後半はほぼ無言のまま、ただ電車に揺られていた。
いくつもの駅を通り過ぎ、何度か電車を乗り継いだ。
それで、目的地の大輔の故郷に着いたのは、昼前だった。

寂れた小さな駅に降り立つと、何か田舎のような懐かしい雰囲気が漂っていた。
初めて訪れた遠い地に期待と興奮を覚えた。
駅の向こう側には広い海が見えた。
キラキラと太陽の光が当たって、光り、綺麗だった。

まだ昼間だ。
飛び込む気にもなれずにウロウロとしていると、大輔がこちらを見て、「いこう」と微笑んだ。
だが、大輔の表情は少し暗かった。
懐かしくて―――という感じではなかった。

駅から離れたところに、商店街のようなものがあった。
昼間だからか、いくらかの親子連れの姿が目立ったためか、二人は浮いた存在となっていた。
大輔はその商店街の店を一つ一つ見ながらまわった。
あたしはその大輔の後ろを追いかけて、無言で歩いた。
すると大輔は、一つの店の前で止まった。
”野田薬局”と看板の掲げられた店の前で、大輔は深くため息をついた。

「舞子」
「ん?」
「ちょっとさぁ、行ってくるから」

そう大輔は言うと、店の中へ入っていった。
突然置いていかれて、どうしていいかも分からずにうろたえたがとりあえず店のドアのところへ耳をくっつけて中の様子を伺った。
 
中からはしばらくは声が聞こえてこなかったが、ふと女の声がした。
それも、中年の少ししゃがれた感じの声だった。

「大輔君・・・?」

その中年の女らしい声は言った。
すると大輔の受け答えた声が聞こえた。

「帰ってちょうだい」

女はそう言った。
大輔は何か言ったのか、ぼそぼそとした声が聞こえたが何を言っているのかは分からなかった。
女はギャアギャアと喚いて、何か叫んでいたがそれも聞き取れなかった。
相変わらず、大輔は静かな声で何か言っていたが、会話は分からなかった。

「帰ってよぉ!!」

そう叫んだのと同時に、薬局のドアが急に開いた。
バンっという音で、ビックリして思わずそちらに目をやると、大輔が吹っ飛んできた。
店の中には泣きながら肩で息をしている、40代といった風貌の女が居た。
そしてフルフルと肩を震わせながら、ギュウと拳を握り締めていた。
大輔はムクリと起き上がると、その女に向かって頭をペコリと下げた。
だが、女は全く知らないといった様子で、ドアを力任せに思いっきり閉めた。
ドアがバタバタと開閉をする音だけが残響した。

「・・・大輔」
「―――・・・だめだった」

大輔はそう呟いて、頭を右手でさすった。
そしてため息ににた、何やら哀愁のある息を漏らして俯いてしまった。

「――何?どうしたの、えっと・・・あの人、誰?」
「・・・・・・」

大輔は喋らなかった。
そのまま無言で歩き出してしまったので、それにつられてあたしも後を追った。
大輔は無言のまま、商店街を抜け、人気の少ない平坦な道を歩いていた。
しばらく行ったところで、大輔は重い口を開いた。


「あのなぁ、俺――昔こっち居たときに、人一人、死なせちゃったんだよね」
「―――え?」

大輔のあまりにも突然の告白に、何を言ったらいいか戸惑った。
大輔は「当然だよな」と言った顔で、こちらを見ていた。
だが、大輔はその後を惜しみなく話した。

「俺さあ、中学ンときね、こっちに居たんだけど。クラスのリーダーみたいな、分かる?仕切ってる人みたいな。あんなんだったんだよ。
子分みたいなのいっぱい引き連れてさぁ、自己満足だったんだけど」

コクコクとあたしは頷いた。
よく、クラスに一人は居る、リーダー格の存在のことらしかった。

「それでね、クラスの中に一人すっごい正義感強くて、いかにも我が道を行くみたいなタイプのやつが居て・・・。
俺、そいつのことキライだった。虫が好かなかったんだよ。それで、俺・・・そいつのこと―――」

そこまで言って、大輔は言葉に詰ったようにして俯いた。
大輔は――

「俺、そいつのことイジめたんだよ」

そうなんだ。
そうか、大輔は―――

「最初はな、遊びみたいな。からかってるだけだったんだよ。教科書にラクガキしたりだとか。
教室でちょっと悪口言ったりだとかしてさぁ、そしたらなんかいつの間にかクラスみんなでハブってて・・・」

言い訳をするようにしか聞こえない口調だった。
けれど、どっちにしろ大輔がその人を虐めたというのは消えない事実だったのだ。

「ある時な、俺・・・いつも通りに学校に行ったつもりだった。そしたら、すっげー学校騒いでてさぁ、びっくりした。
そしたらな、屋上にそいつが居て・・・、そいつ、俺の顔みた瞬間に、屋上から飛び降りたんだよ」

そこまで言って、結末が分かった。

「即死だった。救急車呼んだけど、間に合わなかった。
屋上に、そいつの脱いだ靴と、遺書っぽいのがあって―――俺の名前がハッキリ書いてあったんだよ」
 
大輔はそう言った。

「すぐに事情とか訊かれまくって、親とかも呼ばれたんだけど。
俺と一緒にイジメてたやつとか、クラスのやつらがさぁ、そいつの被害妄想だった、みたいなこと先生に話したんだよ。
そんで、先生たちも前々からイジめてたの知ってたくせして止めなかったもんだから。悪いとか思ったんだと思う。
だから、そいつの自殺はただの被害妄想ってことになったんだよ―――」
「そんな、まさか」
「事実上はな」

大輔は皮肉を込めた笑みで頷いた。
そこに、その悪しき頃の大輔の面影があるような気がした。

「そいつの――野田の家に行ったよ、葬式のときいれてもらえなかったから。
そんでな、野田のお袋さんに言われたんだよ、”あのコをイジめたのは本当??”って、必死な顔して聞くんだよ。
だからさぁ、俺、おふくろさんには本当のこと言わなきゃって思って、”イジメました、すいません”って言ったんだよ」
「・・・・」

何も言えなかった。

「そしたらお袋さん――その夜、手首切って死のうとしたんだ」


あまりにも悲惨すぎた。
それと同時に、目の前に居る大輔の酷い素行を知って聊かショックを受けた。

「最悪だよね、俺」

思わず、”うん、お前最低”と言いたくなったが、口をつぐんだ。
大輔は今にも泣きそうな顔になっていたからだ。
それでも、大輔に同情だなんてしたくなかった。

「イジメてたやつが死んでっから謝るなんてさ、遅すぎたんだよ、俺――。
なんで、どぉしてもっと早く、気付かなかったんだろう。
なんで、亡くしてから気付くんだろぉなぁ・・・・」


大輔は―――泣いていた。
それは、後悔の涙だった。

大輔は―――彼を、野田を死なせてしまったことに後悔していた。

その涙はあまりにも純粋で、見ているととても切なくなっていて、
思わずもらい泣きしてしまいそうになったが、鼻をすすった。
 

「大輔は――最低だと思う。
人イジめたりだとか、それとこの地から離れたことも。すっごい最悪だと思う」

正直に言った。
あたしは、その野田くんの気持ちが分かったからだ。
何か自分と似ていた。
死をもって講義しようとしているその気持ちも。

けど、一つ違うのは―――
その死を悲しんでくれる親が居ないってこと。


「大輔は、死ぬ気でさっきのお母さんに謝んなよ、死ぬ気で。
一生かかっても許してもらえないと思うけどさぁ、100パーセントあんたが悪いんだから」

今、あたしが言っている言葉がどれ程大輔を傷つけているのだろうか?
もしかしたら、大輔はこの言葉で死んでしまうかもしれない。
だが、そんなこと気にしない。
大輔は、それだけのことをやったのだから。

「死んでから気付いたって、遅いのよ」

そう言い放つと、クルリと踵を返して、あたしは知らない地を一歩踏み進んだ。
少し向こうには夕日と、海が見えた。
それだけで十分だった。

「じゃあね、大輔。ここまでありがとう」

そう冷たく言い捨てると、あたしは―――前へ向かって歩いた。
死へと向かって、一歩一歩踏み出した。

その足取りがいくらか重く感じるのは―――


大輔の涙を見たからなのだろう。
 









実際海辺は実に汚かった。
ゴミは浮いているし、なんとも変色した緑色のように見えた。

正直、この海に沈むのはしんどいと思った。

浜辺の空き缶を蹴り飛ばしながら、ゆっくりと海沿いを歩いた。
嗚呼、あたしはもうすぐ死ぬんだから。
さっさと飛び込んじゃえばいいのよ、さっさと。

なかなか決心がつかなかった。
だが、あたしはふと、持っていたバックをひっくり返した。
サイフやら化粧ポーチやらがバラバラと飛び出た。
その中に、浜辺に転がる石を詰め込んだ。
これを錘にするのだ。
これを背負えば、なかなか上がって来れないに違いない、と思ったからだ。

バックにたっぷり石を詰め込むと、流石に重く、持ち上げることは不可能だった。
しょうがなく、ズルズルとバックを引きずって、海の中へと足を突っ込んだ。
冷やっとした感触が足の指先から全身に伝わって、思わず身をよじらせた。

「冷っ!!」

そう呟きながら、一歩一歩足を踏み出した。
冷たすぎて、感覚がなくなってきた。
ズルズルとひきずるバックの重さは相当のものだったが、水の中へと入ってしまえば楽だった。

丁度腰の辺りまで水に浸かったところだった。
ぼんやりとした頭の中には―――大輔の顔があった。

あの笑顔と、あの―――泣き顔だった。

そして、ふと、あたしが死んだことを知ったら、クラスのみんなはどうなるかな――と考えた。
考えてから”遺書を残せばよかった”と思った。
ただ死ぬのではなくて、野田くんのように何らかの形での制裁を与えれば理想的だったのに。
今更思ってもしょうがないが、今はただ真っ直ぐに海面を見つめていた。



もう――疲れたのだ。
あたしは―――・・・、
もう苦しみたくないし、悩みたくもない

もうたくさんだった


そういえば、今日、本当に久しぶりに笑ったなぁ。
サッカー、ああ、今年はワールドカップだっけ
今年はどこが優勝だろう、日本は何位までいけるかなぁ
やっぱりブラジルは強豪だから、ドイツも凄いでしょ
見たいなぁ、ワールドカップ
あの世にはテレビあるかなぁ

そう思うと、未練がましかった
もう捨てるものばかりで、拾うべきものは何もないと思っていた。
現に無いのだ
もう、何もない―――はずだった。


”なんで、亡くしてから気付くんだろぉなぁ・・・・”

どうして―――亡くなってから気付くの??
もっと、もっと早く気付けばいいじゃない。

あたしが死ぬ前に――――気付いて欲しかった。


気が付いたら、ザブザブとうねる波は胸の辺りに達していた。
そして、目から涙が零れ落ちていることにも気付いた。

あたし――泣いてる??

どうして、涙なんて流すんだろう。
もう捨てるものばかりで、何も残ってないのに。
今更―――何が欲しいんだろうか、このあたしは。

ズルズルと鼻をすすりながら、涙を流したまんま、嗚咽を漏らしながら歩いた。

「ぅっ・・ぇっく・・・・あああっ、ああ、ぅっ・・ひっく、ぅぅ」


あたしは―――





 



”おい、美和子。何やってんだよ、急に居なくなるから心配したんだぜー”

耳に残る、大輔の声が聞こえた。
大輔は―――優しかった。
きっと、亡くしてから―――大切なものに気付いたんだね。


大切な――――





そのときだった。
ザブンと強い波が顔面を直撃して、あたしはその反動で足をすべらせた。
おまけに持っていた、バックの錘から手を離して、空っぽのあたりの体は――

波に連れ去られて、あたしは岸辺に戻っていた。

先ほどまで居た水の中とはうって変わって、風が冷たくて寒かった。
頭には海草やら藻やらがくっついていて汚かった。

”死ねなかった”

けれども、もう一度海の中へと突き進む気にはなれなかった。
向こうの―――海岸の向こうの方に、大輔が立っているのが見えたから。


「舞子・・・」

大輔は叫んだ。


「舞子ぉっっっ!!!」



大輔は叫びながら走ってきて、すぐさまビショ濡れのあたりの体を抱き起こした。
動く気にもなれず、あたしは大輔に起こされて、ボーっとした瞳でそのまま大輔を見つめた。

「おまっ、舞子、何やってんだよ!!なんで海なんかに・・・フっざけんなよ!!」

大輔は目を見開いて、そう叫んでいた。
ペチペチと頬を叩かれて、遠のきそうになる意識がなんとか保たれていた。


―――ああ、大輔だ。


「なんでっ、、なんで、居なくなろうとしてんだよ、お前っ、死んだりとかすんなよ、馬鹿!!」


大輔は泣いていた。
誰のために・・・?

あたしのため―――??

 




「やぁだ、大輔泣かないでよ、ちょっと・・・ほら」

無理矢理笑顔を作ってみるが、大輔はボロボロと涙をこぼして泣いていた。
やだ、恥ずかしい。
いい年してさぁ。

「良かった、死ななくて・・・っ、良かったぁ」

そう叫ぶ大輔は、何かとても温かかった。
その手の温もりは、あたしに――”生きている”と教えてくれた。

そうだ、あたし―――生きてるんだ。


「うっ・・ああ、うっ・・あー、」

あたしも、泣いていた。
目の端から流れ落ちた涙が、大輔の手に落ちた。
二人して泣いていた。

「あたしもっ・・・死ななくて・・っ、よかったぁ、ああ」




―――生きててよかった



初めてそう思った。

誰か、ただ一人でも・・・
あたしが生きていることを、知り、死を悲しんでくれる人間がいた

どんなに無駄なような人生でも
どんなにちっぽけな未来しかなくても―――

今は頑張って生きる

いつか・・・良かったと思える日が来るから。





あたしと大輔の泣き声が、冷たい海に響き渡った。
その声は耐えることなくて

”生きている”ということを、ただ確かに示していた。








【END】

 


23の短編小説のところで書かせていただきました。
扱っている内容が濃いような薄いような。
ありがちでごめんなさい。
でも書いてるとき楽しかったです。
読んでくれた人からコトバとかいっぱいもらって嬉しかったです。
とりあえず、ありがとさんでした。

06/02/14   ゆき






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